2012年5月16日から東京ビックサイトで「教育ITソリューションEXPO」を開催しています。せっかくなので教育ICTに関する最新動向の調査をするため参加してます。
かなり大規模な展示会で、主要企業が何らかの形で出展してることもあり、情報収集には良い機会。しかし、平日開催であることや、来場者も教育企業や自治体関係者、大学関係者が多いため、小中高校の先生方にとっては距離が遠い催事でもあります。
少しでも情報が伝わればと思って会場からのツイートをしてみたりしますが、前述したように客層が硬い人たちばかりなので、私以外のツイートはほとんどないといった状況ですし、大して反応もないのでちょっと寂しいところ。
まぁ、教育展示会としては老舗のNEW Education Expoが別にあり、そちらは教育現場との距離も近いので、うまく棲み分けていると考えればいいのかも知れません。
—
さんざん教育のICTを追っかけているお前が展示ブースを見て回ることに意味があるのか、と思われてしまいそうですが、展示そのものよりもお客さんの反応を見に行っている部分も大きいのです。
私自身にとってはだいぶ見慣れた商品やサービスを、普通の来場者は喰いついてるのかどうなのか…。
今回、会場を回って感じたことは、目新しいものは多くないということです。
ハードウェアに関していえば、電子黒板ソリューションが目立っていましたが、液晶やプラズマによるディスプレイの大型化というわかりやすい進化を除けば、電子黒板としての機能は何年も前からすでに出来上がっている状態。大手電機メーカーの決算に関する昨今のニュースを思うと、価格の問題は簡単じゃないことも感じます。
また、情報端末に関しては、シャープの学習端末が目立って展示されている以外は、いずれも控えめな露出といった風で、学習者用情報端末に主役としての勢いはありません。タイミング的にWindows8待ちの中途半端な時期であることも原因でしょう。Androidに関してはフラグメンテーションやマシンパワー不足などがあともう一息で解消するという、これまた中途半端な時期だけに、本腰が入らないのも仕方ないのでしょう。
ソフトウェアは、様々な企業が趣向を凝らして開発していますが、部分的な目新しさを除くと、ジャンルとしてはタイプがほぼ出尽くしているので、見た目や使いやすさで差別化をしていくくらいしかないといったところです。
それでも教育の情報化市場の拡大を期待して、様々な企業がいまある商材を持ち寄って熱烈アピールをしているわけです。また、そうしたものに初めて接する来場者も少なくなかったりします。
—
幸い、フューチャースクールや学びのイノベーション、絆プロジェクト、教育スクウェア×ICT、DiTT実証実験などの実践事例が充実してきたこともあり、単に商品が存在するのではなく、具体的な活用と共に示されていることは今までにない傾向です。
また、デジタル教科書に関しても、実際のデジタルコンテンツの充実と関係する団体や政府の動きの活発化もあって、盛り上がりが感じられるようです。
こうした雰囲気が良い方向へと展開していくことを願いつつ、一方で、道具を活かすカリキュラムや教育方法の蓄積がますます重視されなければならないのだと思います。
カテゴリー: 論考
香港の電子教科書開発計画
5月7日に香港の教育局長が電子教科書開発計画について発表したそうです。
孫明揚:開拓電子教科書市場(香港政府ニュース)
2012〜2013年に試行して、2014〜2015年には全面的に導入するということだそうですが、一体これはどんな文脈で起こっているのでしょうか。
教育局長の発言を報道するニュースWeb記事を眺めると,どうも教科書価格の問題が背景にあることから決定された計画のようです。
—
香港では、教科書検定制度をとっており、購入は保護者負担です。
教育局としては、保護者が過度の負担を負わないために、様々な策を講じているようですが,どうも満足する成果が上がっていないようなのです。
昨年は教科書会社に教科書から教材の分離を要求して、少しでも教科書価格を低下させようとしたようですが,これが思うようにうまくいかなかった。
そこで、非営利団体に対して電子教科書開発を補助する計画をスタートさせ,教科書会社が寡占している市場を破壊しようというのが教育局長の言い分のようです。
電子教科書を開発して教育局から無償提供すれば、これは従来の教科書会社にとって厄介な競争相手が登場することになりますから、価格への影響は不可避でしょう。
—
もともと電子教材の開発などは推進していたようですので,昨日今日始まったということではないようですが,それにしても教育局長からの発表にネット上ではいろいろ反応が見られます。
国が電子教科書をつくることはよいことなのか。たとえば統制の問題や民業圧迫という話も出てくるでしょう。
電子教科書は情報の素早い更新にこそ意味があるのであって,それは検定制度とは相いれないのではないかという指摘もあります。
日本と違って学校単位で採択することが基本のようなので,どの電子教科書や教材を選ぶのかということに関して問題を言及する人はあまり見当たりません。教育の専門家である教員のすることに素人が口出さないのは当然といった感じが漂います。
—
もう一つ面白いのは、この話題にiPadだとかタブレットPCだとか、デバイスの話がほとんど出てこないところです。
日本は(それと韓国なんか)どうしても情報端末と一緒にイメージする議論になりやすいですが,他の国の議論を眺めると、CD-ROMやWebとしてアクセスできる教育コンテンツなら全部電子教科書みたいに考える大らかさがあります。
それに対して、「正規教科書」とかいうヘンチクリンな用語を持ち出して法律を書き直そうとしている日本の動きを見ると、また複雑化して後始末が厄介な事態が生まれそうで不安になります。
とにかく、ここ数年は各国の動向が賑やかそうです。
ICTとともにある教育
世界中の国がICT(Information & Communication Technology:情報通信技術)を教育に活かそうとしています。
OECD報告書(2004)では、各国が教育に対するICT投資を続けてきた理由を次のように報告しています。文言は私が勝手要約したものです。
「教育経費低減への期待」
「経済成長の源泉として重視」
「最低限能力として必要」
「教育・学習の質の改善」
「教育の管理・説明責任の改善」
何に重きを置いているかは国によって異なります。しかし、概して教育に対するICT投資には様々な障壁があるという認識が共有されています。
報告書では「校長や各学校のリーダーたちはICT開発目標を達成するうえでとくに以下の4つの障壁に注目している」として、次の項目を挙げています。
・教室でおこなわれる授業にコンピュータを統合する問題。
・コンピュータの利用時間の確保。
・教員の教授ツールとしてのコンピュータに関する知識不足。
・教員のコンピュータを利用した授業のための準備時間の不足。
これらの克服はもちろんのこと,学校と組織の改革も必要だと続けています。つまりICT導入だけでは意味がないということです。
こうした報告内容は、教育情報化に対する(日本の)人々の直感的な懸念とかなりの程度通じ合っているといえます。拙速な情報化に対して疑心暗鬼が強いのも、一定の根拠があると考えられます。
—
しかし、教育に対するICT投資を無価値と裁定して、これをあえて推進しない国を探すことは困難です。
なぜならば、現代は知識情報社会あるいは知識基盤社会と称されているように、先進国に生きるのであれば何かしらICTと関わっていると考えられるからです。
また、産業という面でもICT分野は重要です。たとえば経済産業省の全産業供給指数といった統計資料を見ても,情報化関連の消費の指数は上昇基調にあります。日本に限らず世界で働く場合でも、ICTに対する知識や技能を無視することはできません。
よって、教育が「情報化」を謳うのは必然的な流れであり,私たちは対応しなければならないという前提を共有しなければならなくなっています。
まして、若い学習者が生き続ける未来社会は、私たちが想像する以上にICTを前提としているわけですから,ICTとともにある教育に真剣に向かい合わなければなりません。
—
ICTとともにある教育。
それはデジタル教育といった言葉が想起させるような、教育環境のあらゆるものを電子機器に制御させるといったイメージではありません。
ICTという資源は、学校現場の教師が伝統的に受け継いできた教育の資源(それは教育技術という見えない技であったり、教材教具という物質的なものだったり様々)と相通ずるのです。ICTには情報と向き合う技能的な部分も多く,機械的な部分は目立つ一部分に過ぎません。
私たちが学ぶ者にとって最善と思われる教育資源を必要に応じて選択的に駆使するのと同様に,ICTもまたその一つとして選択されたりされなかったりするというだけです。
ICTを近づけることもあれば,ICTを遠ざけることもある。
その遠近操作を他の教育資源と同様に行なえることが、知識情報社会に生きるための学びの環境に必要だと考えます。
—
確かに「ICTとともにある教育」という理想を実現するためには、ICT機器はきわめて未成熟な部分や条件が多いと言わざるを得ません。
iPadのようなスレートタイプのタブレットデバイスの台頭は、理想への敷居を低くしましたが、それもまだ始まったばかりであり,未成熟であることには変わりありません。学用品としてのICT機器への道のりはまだ遠いと言えるでしょう。
しかし、それらは時間が解決する小さな問題。
むしろ、ICTと教育の取組みによって奇しくも浮かび上がってきた問題は、教育の場における教育資源が絶対的に不足しているという現実と,必要なものを必要に応じて用意し選択できない仕組みや実態の問題でした。
こうした問題の解決を優先しなければ,どんなに良い資源が提供されようとも、教育の場で利用したり活用できない問題が繰り返されるだけです。
—
ICTとともにある教育への過程ともいえる教育情報化の取組みは,ICT機器やデジタル教材の導入という分かりやすい問題に矮小化され、その善し悪しに議論の注意を向けさせてしまいがちです。
しかし、大事なのは教育資源を必要に応じて近づけたり遠ざけたりできる環境の整備であり,そのような環境のもとで教師が知識情報社会に生きる学習者たちに対して責任を持って教育を展開できることだと考えます。
デジタル教科書関係図2012
先日,デジタル教科書教材協議会(DiTT)が政策提言を発表しました。
発表されたのは提言概要を書類一枚にまとめたもので、詳細は後日アクションプランとともに発表されるまで分かりませんが,概ね妥当な提言(あるいは願望)だろうと思います。
この提言について一つだけ懸念を表明しておくとすれば,「デジタル教科書を教科用図書とする」という文言が実際には何を意図しているのか注意する必要があるということです。
もしデジタル教科書を検定対象にして検定教科書と同等に扱うという意味であれば、それは好ましい方向とは思いません。私個人は教科用図書のカテゴリを広げてデジタル教科書を含められる程度の制度変更を求めるのが妥当と考えます。もちろん検定制度や実態をひっくり返す気概があるなら別ですが…。
—
さて「デジタル教科書」と呼ばれるものの周辺にたくさんのプレイヤーが存在するようになりましたが,おかげでこれらを鳥瞰的に理解することが難しくなりました。議論の新参者ならばなおさらです。
デジタル教科書に関心を持つ一般の人々は多く,その人たちの間の現状認識や理解の幅の違いを効率良く解消したり高め合う方向に持っていくことが重要となっています。
『デジタル教科書のゆくえ』とトークイベントUSTなどはよい素材と思いますが,手軽に鳥瞰するというには時間がかかるので,もう少し簡単な資料を作ろうと考えました。
というわけで、「デジタル教科書関係図2012」をお届けします。
—
デジタル教科書関係図2012
—
デジタル教科書に関心があるなら、まずはこのA4一枚をとっかかりに知識を広げていただければと思います。
本当にこの通りなのか?実際はどうなのか?今はどう変化しているのか?何が記載されていて何が記載されていないのか?作成者の利害はどこに関連しているのか?など。
皆さんの議論が深まり、アクションが生まれることを祈っています。
iPad用文部科学省デジタル教科書の登場
3月19日付けでAppleのApp Storeにて「文部科学省「学びのイノベーション事業」デジタル教科書」がリリースされました。
「文部科学省デジタル教科書」なるものが初耳の方もいらっしゃるかも知れません。現在、文部科学省では「学びのイノベーション事業」で次の時代の教育学習の方法等をいろいろ試して明らかにしようとしています。その中で使う教材としてデジタル教科書が用意されたのです。
指導者用と学習者用というデジタル教科書の種類もあり、指導者用は販売されているものが存在しますが,学習者用はいま開発の真っ最中。「文部科学省デジタル教科書」というのは現時点で開発中の学習者用デジタル教科書を指しているわけです。
これがそのまま正式な教科書となることは言及されていませんので,あくまでも事業のための開発物だと理解するのが妥当です。
—
今回リリースされたiPad用文部科学省デジタル教科書アプリは、国語教科書でおなじみの光村図書が開発した中学校向けのもの。
学びのイノベーション事業の実証校になった中学校8校の中で、iPadを採用した学校向けに用意されたものと思われます。もちろんiPad以外を採用した学校もありますから,別のプラットフォーム向けもどこかで用意されているということになります。
というわけで、文部科学省デジタル教科書と呼ばれているものは…
(1) Windows用小学校向け国語・算数・英語デジタル教科書
(2) iPad用中学校向け国語・数学・外国語デジタル教科書
(3) Windows用中学校向け国語・数学・外国語デジタル教科書
(4) Android用中学校向け国語・数学・外国語デジタル教科書
が開発されているということになります。(追記:さすがにAndroid用は無いらしい。採用校が無いから…)
ただし、これらは開発中であることもあって、基本的に一般には非公開。実証校の公開授業や文部科学省の主催しているイベント以外でお披露目されることはありません。今回のiPad用デジタル教科書アプリの公開は、iPadアプリの配信方法に縛られた例外事例というわけです。
—
さて、公開された光村図書のiPad用文部科学省デジタル教科書ですが、サイズは6.5Mbで含まれているコンテンツは国語のみ。
下のスクリーンショットには数学と英語も用意されているように見えますが,ダウンロードしたものには含まれていません。実証校で使用する際に追加配信できるということだと思います。同様に、「カードを組み合わせて、文を三つ作ろう」という画面も含まれていません。
教科書画面で使用できる機能は…
ページ移動操作
フリーハンドペン
直線マーカー
消しゴム
書き込みリセット
アンドゥ
音声データ再生(一部ページ)
拡大縮小ボタン
カメラロールへの画面保存
ツール位置変更
書き込みレイヤー非表示
といったものです。現時点で使用することができないが付いている機能は…
管理者メニュー
道具箱
共通コンテンツ
ワークメニュー
といったものです。
どのように教科書データを追加配信するのかは定かではありませんが,管理者メニューからいろいろセットアップすると「ダウンロード」ボタンが現われて追加できるのではないかと推察されます。またワークメニューに向けてワークシートやコンテンツを送信できるのではないかとも想像されます。
—
アプリの完成度は70点くらいでしょうか(一部しか使用できないので正しい評価ではないとも思いますが…)。設計された範囲内での動作に問題はありませんがiPadアプリとしての挙動を詰めて欲しい部分がいくつかあります。
iPadのAirPlay機能をつかえば、現在の画面を電子黒板に転送することは難しくないでしょう。また、ReflectionというMac用のアプリを使えば複数のiPad画面をMacの画面に表示できますので、複数の生徒のiPad画面を並列して表示させたいときにはこれを使えばよいと思います。
いずれにしてもこれらはまだ開発中。今後は他の会社からも同様なアプリが登場することとなるでしょうが、前向きに議論が深まることを期待しています。