学校における1人1台情報端末のための予算確保が進行しています。
基礎自治体や都道府県・政令都市の自治体は,学校で多数の情報端末が常時稼働する状況に対応できるよう,学校教育のハードウェア(校舎等の施設設備や機器等の備品に関わる環境整備),ソフトウェア(今後の学習活動および情報環境の運用に必要なスキルまたは体制)を見直していく必要があります。
このブログでは,1人1台情報端末と合わせて,1人1アカウントの整備が必要であると主張しています。
しかし,1人1アカウントと言う場合の「アカウント」とは何を指しているのか。また,それを実現するにはどうすればよいのかについては,現実のサービスに依存する点も多く,あまり明確にはしませんでした。
とはいえ,そこまで強く主張するのであれば「学校教育におけるアカウント」とは何であるべきか,どうあるべきかについて考えを巡らして整理する必要はあります。
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このブログで「アカウント」と呼称しているものは何を指しているのか。
実は,幅を持たせるために曖昧なままに使用していました。考えられる対象は以下のものです。
- メールアドレスの登録(メールアカウント)
- ネットワークストレージサービス(例:Dropbox等)の使用権利登録
- アプリケーションソフトウェア(例:Word, Excel等)の使用権利登録
- クラウドサービス(例:G Suite等)の使用権利登録
- 個別の情報端末管理のための登録(例:Apple ID等)
- 学習サービス等利用認証のための登録(例:まなびポケット)
これらを「アカウント」という言葉でひっくるめて考えていたことになります。
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【1. メールのアカウント(メールアドレス)】
メールアドレスの所持は,インターネットを本格的に利用するために必須といえます。
社会的な活動(たとえばビジネス)を積極的に展開する際には,他者からの連絡を受付ける方法として,従来の電話やファックスに置き換わるほど重要となっています。
これまでの学校教育は,教職員に個別メールアドレスを割り当てることを重視してきませんでした。
「学校における教育の情報化の実態等に関する調査」では「教員のうち、メールアドレス付与人数」として調査がなされていますが、教職員87万人に対して付与人数59万人となっており、約6割には付与されているものの全員に付与されているわけではありません。
多くの場合,「学校の代表メールアドレス」が用意され利用されていますが,教職員個別のものはあまり利用されていないようです。
そのため,学校の先生が学校外の協力者と連絡を取る場合,電話・ファックスか,「個人で取得したメールアドレス」を利用するというパターンになっています。
教職員個別にメールアドレスを付与して活用している自治体もあります。
先進的な取り組みをしている自治体は独自に整備しているため,市町村レベルで発行している場合もあれば,都道府県レベルで発行している場合もあり,その実現方法もバラバラな状況です。
学習指導要領が「社会に開かれた教育課程」を標榜し,今後の学校教育が地域社会との繋がりを今まで以上に強めることが期待されている流れにあります。にもかかわらず,個々の教職員が基本的な連絡ツールとなっているメールアドレスを付与されていない状態は,この時代のICT整備としては不十分といわざるを得ません。
メールアドレスを具体的にどのように運用すべきか(外部に公開すべきかどうか等も含めて)は,それぞれの教育委員会や学校で検討すべきことだと思いますが,メールアドレス整備は必須と考えるべきでしょう。
・メールアドレス整備は,教職員の異動を踏まえて「都道府県単位」で整備する
・教職員には,対外用,校務用,授業用,児童生徒と同ドメインなど複数使用を検討する
・児童生徒は,学習に用いるソフトやサービスの利用のために整備する
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【2. ネットワークストレージのアカウント】
教職員は校務関係の文書保存,児童生徒は学習活動の成果保存を主な目的としてネットワークストレージ(クラウドストレージ)を利用することが考えられます。
学校内に「ファイルサーバー」を用意する形式と,学校外の「クラウドストレージサービス」を使う形式が考えられますが,ネットワーク環境が十分整備されることを前提とすれば,クラウドストレージを利用することにはいろいろメリットがあります。
校務用と学習用で分けて考えなければなりませんが,クラウドストレージを使うと,自分が所有している複数の端末からデータを読み書きできたり,同じグループに所属しているメンバーと共有することが容易となり,校務や学習で便利に使えます。
具体的には「OneDrive(Office365)」「Google Drive(G Suite/Google for Education)」「iCloud Disk(Apple)」「Dropbox」といったクラウドストレージサービスが存在します。
このうち「OneDrive」と「Google Drive」は【4.】で触れるクラウドサービスの一部として提供されているため,その他のサービスと連携して利用することが可能です。
「iCloud Disk」はApple社の情報端末を導入した際に利用できる独自のストレージサービスであり,複数のApple製機器を連携させる場合などに便利になっています。
「Dropbox」はクラウドストレージに特化したサービスであり,様々なアプリやソフトと幅広く連携していることを特徴としています。
・クラウドストレージは,障害発生時のためのバックアップ用ファイルサーバーと組み合わせて導入する
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【3. アプリケーションのアカウント】
これは従来から「使用ライセンス」と言われているものとほぼ同じことを指しています。
オフィス業務用ソフトウェアとして知られているWord, Excel, PowePointといったOfficeソフトは,使用ライセンスを購入することが前提となっています。
昨今では,サブスクリプションという形式(Office365)で契約し使用ライセンスを確保するようになっており,さらにクラウドサービスとの融合が進んでいるため,【3.】は【4.】に含まれるようになっています。
・様々なアプリケーションを利用するための登録に必要となるのでメールアドレス整備はやはり必要
・Office365はアプリケーションソフトは強いが,クラウドサービスはまだ弱い
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【4. クラウドサービスのアカウント】
ここ数年で,インターネット上のWebサービスがかなり実用的なレベルに達してきました。
クラウドサービスとして知られているのは「G Suite(Google)」でしょう。
主なサービスだけでも「検索」「Gmail」「マップ」「カレンダー」「ドキュメント」「スプレッドシート」「スライド」「フォーム」「サイト」「フォト」「Keep」「ドライブ」「翻訳」「クラスルーム」といったものが用意され,Webブラウザから利用できます。
アカウントを持っていれば,Webブラウザの動作するいろんな端末から利用が可能なのです。
もちろん,すべてのサービス機能を利用する必要はありませんし,必ずしも,すべてのサービス機能が万能でよく出来たツールということではないのも事実ですから,「G Suite」で完結するのではなく,必要に応じて他のサービスと組み合わせることになると思います。
Googleほどではありませんが,オフィス系のサービスを中心としたものであれば「Office365」もクラウドサービスの一つといえます。
・G Suiteは多様なサービス機能を包含したオールインワンなクラウドサービスで便利である
・個別のサービス機能に特化したクラウドサービスも様々あるので,適宜利用可能にすること
・教職員は教師用アカウントだけでなく,児童生徒学生用アカウントも同時付与されるのが望ましい
・都道府県レベルで整備することで,アドレス変更することなく教職員の異動による移行作業が可能
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【5. 個別情報端末管理のアカウント】
昨今の情報端末は,ほとんどが管理運用のためのアカウント登録が求められます。
Windows端末(Surface等)の場合はWindows10上でマイクロソフトアカウントの登録を求められます。Apple製端末(iPadやMac等)の場合はApple IDというアカウントの登録を前提としています。ChromeOS端末(Chromebook等)の場合は,Googleアカウントの登録が必須となります。
こうした端末管理のためのアカウント登録によって,情報端末の設定情報がバックアップ保管されたり,情報端末同士のやり取りがスムーズ化されたり,情報端末の位置情報をもとに所在を特定することができたりもするのです。
個人利用として端末を導入するのか,組織(法人)利用として端末を導入するのかによって,端末管理アカウントに対する扱い方はガラリと違ってくるため,ここで細かな検討を加えることは避けます。
一括導入される「学校における1人1台情報端末」を管理するのは誰なのか?
個人個人の教職員・児童生徒に完全に管理を任せてしまうのか,それとも,端末機器自体の管理は学校や教育委員会が行ない,教職員・児童生徒はその上で自身の利用する範囲だけを管理するのか。
そういったことも端末を選択することと同時に決定しておかなくてはなりません。
・Apple IDは情報端末と結びつきが強いため。端末機種を超えた利用を前提したい場合には使えない
・マイクロソフトアカウントはOffice365アカウントとして,端末機種を超えて利用することはできる
・Googleアカウントはクラウドを前提としているので,端末機種を超えて利用するのに向いている
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【6. 学習サービス等認証用のアカウント】
ここまでのアカウントは,いずれもメールアドレスをベースに考えることができるものでした。
ネット上の学習サービスを利用する際,その登録や認証を簡便化するための仕組みがあります。その技術が「OpenID」と呼ばれるものです。アカウント登録は一つだけ,そのアカウントを他のサービスの認証にも利用できるようにするものです。
たとえば,すでに「Googleアカウント」や「Office365アカウント」を登録してあれば,その登録情報を利用して,対応している個別のサービスを利用開始できたりします。あらためて新規登録する必要がありません。
さらに,この「OpenID」技術を利用すれば,一度ログインするだけで提供元が異なる様々なサービスを切り替えるだけで使えるようにもできます。これは「シングルサインオン」と呼ばれたりします。
たとえば「まなびポケット」というサービスは,このシングルサインオンの仕組みを利用したもので,まなびポケットのサービスにアクセスするだけで提携している異なるサービスを一つのメニュー画面から自由に行き来できるようになります。
本来であれば「まなびポケット」が認証サービスを外部にも開放してくれると,様々なサービスがそれに対応することができるようになりますが,いまのところそうなっていません。
・ログイン手続き(アカウント認証)を簡便化するための仕組みがGoogle,Office365にはある
・教育用クラウドプラットフォームを標榜するものは,学びポケット以外にもClassiなどもある
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以上のように「アカウント」という言葉が指すものはいろいろあります。
これらのアカウント機能の多くに対応しているものは何かを検討した時,候補としてあがるのは「Googleアカウント」または「Office365アカウント」ということになります。
この2つのクラウドアカウントは,すでに大学や一部の地方自治体で導入実績もあり,そういう意味で選択肢として挙げても問題は少ないと考えます。
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さて,こうしたクラウドアカウントを導入するには,どうしたらよいのでしょうか。
そもそもクラウドアカウントを現存するサービスに依存することは問題ないのか等,いろいろ考えなければならないことがありそうです。
・誰がどの範囲で契約し,付与したアカウントを管理運用していくのか?
・クラウドアカウントの契約先を切り替えることは可能なのか?
・蓄積したデータの取り扱いを民間企業に任せてよいのか?
・卒業していく児童生徒,退職していく教職員のアカウントとデータをどうするのか?
などなど…。
ここでは,「誰がどの範囲で契約し,付与したアカウントを管理運用していくのか?」について,少し考えてみたいと思います。
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【誰がどの範囲で契約するか?】
1.
学校設置者単位(市町村の基礎自治体単位)で整備するといった考え方もあるかも知れません。しかし,アカウントは被雇用者に対応するものであることから,雇用主体レベルで整備することが妥当に思います。
教職員の多くは県費職員として雇用され,その後,赴任する学校の基礎自治体に異動することになりますが,幾度かの異動によってアカウントが変わってしまっては,連絡ツールとしてのメールアドレスを維持することが難しくなってしまいます。
都道府県レベル以上でメールアドレスを発行管理することで,異動の際もアドレス変更なしに移行が可能ですし,小規模な基礎自治体の管理運用負担を軽減することができると考えられます。
今回,進行している「学校における1人1台情報端末」の整備が,都道府県レベルの広域一括入札などで進められるのであれば,アカウント整備も合わせて進めることがよいのではないでしょうか。
2.
もう一つ考えられるパターンは,国レベルでアカウント整備することです。
その場合,国レベルでこうした業務を行なう組織や部署を設置する必要があると考えます。
たとえば韓国にはKERIS(韓国教育学術情報院)とよばれる組織があり,韓国国内の教育向け情報サービスの運営やサーバー管理などしています。日本でいうところの国立情報学研究所のような組織です。
日本にもかつては,その業務を担えそうな「メディア教育開発センター(NIME)」とよばれる組織が存在していましたが,2009年3月に廃止されてしまいました。
国立教育学研究所は,GIGAネットワーク構想で注目されている学術ネットワークSINETを管轄している組織でもありますが,この機会に国立情報学研究所内に日本全国の教育関係アカウントを管理運営するような部署を新設するというのもありではないかと思います。
そうすることで将来的に地方に補助しなければならない予算を抑制することができるかも知れません。
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【付与したアカウントを管理運営するにはどうするか?】
1.
アカウントの付与を都道府県レベルで行なう場合,多くの場合は契約したクラウドサービス側が技術的には運用し,事務的な管理や手続きなどは都道府県の教育委員会が基礎自治体と連携して行なうことになるかも知れません。もちろんその事務手続きをどこまでアウトソーシングするかは入札仕様や契約によって変わると思います。
現実的には,代理店や支援サービス事業者が,アカウントの事務管理を代行するのだと思います。これは情報端末の保守などと併せて行なわれるかも知れません。
2.
うまく設計すれば,アカウントの発行管理は都道府県レベルで行ないつつも,管理権限委譲の仕組みで,個別の市区町村(基礎自治体)レベルでアカウントを管理することが可能かも知れません。
この辺は,都道府県単位で基礎自治体の連絡協議会を立ち上げて連携していくことが必要になります。
これも学校における1人1台情報端末の整備の際に連携しておかなければならないとすれば,アカウントに関しても対象を広げて連携していくことにすべきでしょう。
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以上,まだ大変ラフな状態ですが,学校利用を前提とするアカウントについて考えてみました。
ここからさらに論点を洗い出したり,洗練した上で,細かい議論を積み重ねる必要があると思います。いずれにしても,情報端末だけでなく,アカウントのことを考えるだけでも,もっと自治体同士が情報共有を行ない,自分たちが関わる学校教育でどうしていくべきかの議論を繰り返していく必要があります。