教育の情報化ビジョンの行方

 もうすぐ平成22年度が終わり,平成23年度がやって来ます。
 平成22年度中に策定される予定とされたものはあれこれありますが,教育と情報に関連して一番注目されているのは「教育の情報化ビジョン」でしょう。
 学校教育の情報化に関する懇談会で検討され,3月16日に予定されていた第12回を最終機会としてビジョンが示されるはずでした。
 しかし,ご存知の通り,3月11日の大震災の影響のため,この回は取り消され,構成員間でのメールのやり取りによって最終的な検討に代える 延期とされ,調整の上で4月中に開催される予定となり,その後にビジョンも発表するとされたようです。(追記:当初の記述は誤りでした。こちらの記事を参考に訂正します。)
 ここ数日,従来は熟議カケアイのサイトに保存していたこれまでの議事概要を文部科学省サイトにも転載するなど,いよいよビジョン公開に向けて準備に入り始めた動きを見せています。

 すでに「教育の情報化ビジョン」の骨子本文案は掲載されていますので,これまでの慣例からすれば部分的な修正を除き,素案内容が正式なビジョンとして策定されることになると思います。
 ビジョンの章立ては次のようなものになっています。

  • 第一章 21 世紀にふさわしい学びと学校の創造
  • 第二章 情報活用能力の育成
  • 第三章 学びの場における情報通信技術の活用
  • 第四章 特別支援教育における情報通信技術の活用
  • 第五章 校務の情報化の在り方
  • 第六章 教員への支援の在り方
  • 第七章 教育の情報化の着実な推進に向けて

 懇談会構成委員はもちろん,4つのワーキンググループに集まった外部の方々を加えた有識者による議論が盛り込まれた内容です。
 この教育の情報ビジョンが2020年に向けて日本が取り組むべき施策の方向性を指し示していると位置づけられるわけです。

 しかし残念ながら,学校教育の情報化に関する懇談会において,これら項目や工程に関する優先順位の議論は,最後の最後まで行なわれませんでした。
 月並みな批判の言葉を使うなら,ビジョンの内容は総花的で,長期に及ぶ取組みの過程で早期に取り組むべきものと積み重ねた上で取り組むべきものといった計画を組むために必要な指針は明示されているとはいえません。
 各項目はどれも重要であり,どれも可及的速やかに取り組むべきなのだという風に彩られています。
 「これはビジョンだから…」
 という指摘もあり得るでしょうが,個別項目のビジョンだけでなく,「教育の情報化」という総体的な取組みに対する展望を示す中に,2020年なりそれ以降への見通しを持った流れを描くことも含まれてよいはずです。
 ところが,その部分について教育の情報化ビジョンが何をどうしたのかといえば,附属資料として高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部が策定した「新たな情報通信技術戦略工程表」を添付した形で終わっているのです。
 この工程表は懇談会の議論が反映されたものではありません。
 工程表は2011年度をスタートラインとして,非常に多くの取組みを「よ〜いドン!」とスタートさせ,2020年に向けてどの取組みも期間がぼよ〜んと延び続けるように描かれています。工程表としての鮮明さを欠いています。
 そのうえ,教育情報ナショナルセンターといった運用停止が決定したものについて,体制や機能強化に関する記述もそのまま。これを添付したものを新しいビジョンとして提示することに,実質的なプラス効果があるのか疑問です。
 なぜこんなことになってしまっているのでしょうか。

 この問題には行政論理といった修正困難な要素が大きく関わっています。
 けれども,もう少し別の角度から考えてみましょう。本当にそれは修正なり,もう少し妥当なものへと前進させることは出来なかったのでしょうか。
 多少意地悪とは思いますが,懇談会構成員に目を向け,この懇談会がどのような人々によって進行されていたのかを確認してみることにしましょう。
 以下が,構成員の名簿を生年順に並べたものです。
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【学校教育の情報化に関する懇談会・構成員22名】
生年  年齢
1945  66  村上 輝康  株式会社野村総合研究所シニア・フェロー
1946  65  安西祐一郎  慶應義塾大学理工学部教授
1949  62  三宅なほみ  東京大学大学院教育学研究科教授
1950  61  若井田正文  世田谷区教育委員会教育長
1951? 60  重木 昭信  株式会社NTTデータ顧問、社団法人日本経済団体連合会高度情報通信人材育成部会長
1953? 58  市川  寛  東京書籍株式会社編集局ソフトウェア制作部部長
1953  58  馬野 耕至  読売新聞東京本社メディア戦略局専門委員
1955  56  西野 和典  九州工業大学大学院情報工学研究院教授
1956? 55  大路 幹生  日本放送協会放送総局ライツ・アーカイブスセンター長
1956  55  玉置  崇  愛知県教育委員会海部教育事務所所長
1958  53  陰山 英男  立命館大学教育開発推進機構教授
1959  52  関口 和一  日本経済新聞社産業部編集委員兼論説委員
1960  51  野中 陽一  横浜国立大学教育人間科学部准教授
1961  50  天野  一  社団法人日本PTA全国協議会副会長
1961  50  小城 武彦  丸善株式会社代表取締役社長
1961  50  中村伊知哉  慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授
1962  49  新井 紀子  国立情報 学研究所社会共有知研究センター長
1964  47  堀田 龍也  玉川大学大学院教育学研究科教授
1972  39  國定 勇人  三条市長
?     五十嵐俊子  日野市立平山小学校校長
?     千葉  薫  仙北市立生保内小学校学校支援地域本部地域コーディネーター
?     宮澤賀津雄  早稲田大学IT教育研究所研究員(研究総括)
 ※公開されている情報を収集して生年を付させていただきました。「?」は推定または不明です。年齢は2011年から生年を単純に引いただけですので正しくないものもありますが,おおよその世代を知るのが目的なのでご容赦ください。
 (計22名:30代 1名/40代 2名/50代 11名/60代 5名/不明 3名)
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 構成員のほとんどが50,60代であり,30,40代はごく限られた人数です。
 上位世代が情報化を議論するのにふさわしいとかふさわしくないという議論をしたいわけではありません。しかし,このような極端にアンバランスな年齢構成は,本当に次代のための議論をするのに適していたのでしょうか。
 確かにワーキンググループのメンバーの年齢構成も加味する必要があるかも知れません。もう少し多様性が確保されている可能性もあります。
 しかし,肝心の親会の構成員がほとんど50,60代で,ネット世代との掛け橋となる30,40代が少数では,そもそも発言回数的にも不利であり,10,20,30,40代の問題意識をどれだけ議論に反映し得るのか,し得たといえるのか,はなはだ疑問です。
 振り返れば,長年の専門的経験にもとづいて未来や新しい教育を見通して発言された多くの知見は,無意識のうちに上位世代が下位世代のために展望を指し示してあげているというような構図になっていないでしょうか。
 本来ならば,この日本がガチガチと組み上げてきてしまった制度や条件のために,次の世代が取り組みたがっている新しい試みが思うようにできないといった問題を解決するのが重要ではないのか。
 それを上位世代がいまだにメインを陣取って,自分たちの方がよく分かっているからと,代わりに新しい試みを描いてしまおうとしていないのか。
 そうした善かれと思っているお節介を国家規模的にやってしまっていないかということを今一度考えてみなければなりません。

 教育の情報化ビジョンは,確かに従来までの知見の集大成です。
 この国はここに書かれた事柄に取り組んでいかなくてはなりません。
 しかし,このビジョンには,余白がなさ過ぎる。
 老婆心が集積され,粗削りな挑戦を後押ししているとは言えない。
 優先順位を付けることさえ放棄したビジョンは,私たちがその先を見通すように導くどころか,今後いつも振り返って配慮しなければならない文書になっている。
 
 ビジョンが公開された後,私たちは解釈を繰り返し,解説を繰り返し,2020年に至るまで,見通しの悪い議論を繰り返すことになるかも知れません。