新しいICTカリキュラムは…

 英国でBETTという教育とテクノロジーに関する展示会が行なわれている。毎年大規模に行なわれるので,世界中のICT活用教育関係者が注目したり参加したりしている。

 さまざまなブースが構えられた展示会も賑やかだが,同時に開催されているセミナーや講演会なども盛りだくさんで,英国の教育大臣がスピーチする機会もある。

 今年の教育大臣(Michael Gove)のスピーチがニュースになっている。

 今年9月をめどに現在のICTカリキュラムを抜本的に再設計するための作業に着手するのだという。もっと時代に合ったものにするのだとか。

 これだけならば,毎年行なわれるリップサービスみたいなものだが,どうもスピーチの内容が現在のカリキュラムについて過激に表現し,新しいカリキュラムの考え方が大胆でニュースらしい…。

 曰く,「現在のカリキュラムはとても取っつきにくく,意欲をかなり喪失させ,全然活気がない(the current curriculum is too off-putting, too demotivating, too dull.)」とか「現在のカリキュラムは英国の学生たちを技術変革の最前線で働けるようにはしない(the current curriculum cannot prepare British students to work at the very forefront of technological change)」など…。

 一部のWeb記事では,WordやExcel,PowePointの代わりにプログラミング教育に力を入れるのだという解釈をしている。

 大学におけるコンピュータ・サイエンスを盛り上げようという文脈が語られたり,今どきの子どもたちはスマートフォン・アプリのプログラミングもしているといったエピソードも交えて話題になっているようなので,確かにプログラミングも新しいICTカリキュラムの射程に含まれるのだろう。

 ただ,それは単に最前線に関する分かりやすいトピックスがそれらであるというだけで,ことの本質は,変革する世界に学校教育とカリキュラムを合わせようとする,その動きそのものである。

 そういう意味では「学びのイノベーション」なんて名前を付けて何かをしようとしていた某国の取り組みは,発想としてはいい線をいっているし,それを主導できる世界的な人材も国内にあるのだから,やっと英国詣主義から抜け出すチャンスであった。けれども,政治の不安定さと経済不況がそれを不意にした…とでも書いておこうか。

 英国も同じ条件ではあるし,教師教育の問題,実際に組み立てられるカリキュラムに対する批判など課題も山積していて,今回のスピーチ内容が実現するのかどうかはいつもながら怪しいが,それでも,今回のスピーチに目新しい点があるとすれば「Disapplying the Programme of Study」という考え方である。

 Gove教育大臣は「Disapplying the Programme of Study」として,新しいカリキュラムを、従来のように教育プログラムを開発して、教師研修をし、すぐ廃れてしまうGCSESテストを課すという手法では「やらない」と宣言した。

 「学校におけるテクノロジーは,もはや政府によって細かにマネジメントされません。教育課程を引っ込めることで,学校と教師が何をどのように教えるのかに関して自由にし,私たちが知るICTに大変革させます。(Technology in schools will no longer be micromanaged by Whitehall. By withdrawing the Programme of Study, we’re giving schools and teachers freedom over what and how to teach; revolutionising ICT as we know it.)」

 そこに大学や企業がいろんな教育プログラムやリソースを提供する余地が生まれる…なんてことなども述べている。

 その他にも「An open-source curriculum」なんて言葉など,いやはやカリキュラムをいくらか生業としている人間にとっては垂涎ものの単語がオンパレードなスピーチであるが,こんなことを一国の教育大臣がスピーチするのだから,リップサービスで済まされるものではない。

 英国における教育の情報化は,学校と教師レベルに裁量を与える本格的な段階へと突入しそうな勢いである。それがどの程度のものになるかは,今後の行方を注視したいところだ。ってまた英国詣が賑やかになるのかな。

 日本の場合,学校教育に関する学校や教師の裁量が限定的なものになっていることや,それを引き起こしている複雑奇怪な権限分散制度の問題など,改善したら良いと思われる事柄はとっくの昔から判明しているのであるが,残念ながら時間がかかっている。

 フューチャースクール推進事業などでは,事業の中で各学校にある程度の予算枠ようなものがあり,学校の裁量で若干のリソースをそろえられるという点など,現実として良い効果が確かめられている。ICT支援員さんが常駐していることもICT活用に幅の広さを生んでいる。

 もう少し学校が自分たちのカリキュラムに向きあうための権利やリソースを提供するという方向に向かわないと,日本の学校教育は,旧きものに縛られていることから抜け出すだけでも相当な労力を強いられ,新しい変革する世界に対応することに体力を向けられなくなってしまうように思う。

 新しいICTカリキュラムの中身も確かに大事だが,実は新しいICTカリキュラムを学校自身がつくっていける環境整備をするという点,もっと考えなければならない。