先日,とある学会で小学校の先生と意見交換をしていました。
その先生から聞かれたのは…「ICTを活用して学力向上した研究成果って,何かありますかね」という問い。
ああ,またその問いか…という気持ちも湧いてくるほど,「ICT活用と学力」というテーマは,誰もが常に気にしていながら,何かしらの決着付かぬまま漂い続けています。
「ICT活用は学力向上に結びつく」とする確証的な知見を示せていないことや,仮にそのことを示し得る研究成果を提示しても万事に通用しないからと信じてもらえない現実もあります。
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別の方には「学力向上に結びつくとする研究成果を是非整理して教えてください」と言われていたりします。
ぱっと思いつくのは…2005年頃に(当時存在していた)メディア教育開発センターが受託した研究「ITを活用した指導の効果等の調査」や2006年頃の和歌山大学で行なわれた「長期・常時のICT活用授業の学力向上への影響研究」とか2007年頃に松下教育研究財団研究開発助成による研究「教科指導における知識理解の領域へのICT活用の効果」などといったもの。
その他については,小柳和喜雄先生が整理されていますが,文部科学省が「確かな学力」の施策のために行なっていた「学力向上フロンティア事業」(学力向上アクションプラン)や「学力向上拠点形成事業」(H17-19)および「学力向上推進研究事業」(H20-22)における授業研究の方法とICT活用について論じたものがあるくらい。
もちろんICT活用の研究は数多いので,それぞれでどのような効果があったのかが論じられており,学力に対しても触れたものは数知れず。
なんだ結構あるじゃないという風でもあるし,それは研究の範囲に限定されてる話でしょと言われれば否定も出来ないし…。
なぜこうも決着付かずのモヤッと感があるのかといえば,木原俊行先生が指摘されていた通り,「学力は多様な要素から成るものであるから、両者(ICT活用と学力:引用者注)の接点が一つに限られない」からです。
先ほどから安易に使っている「学力」という言葉が何を指しているかも様々ですし,ICT活用の意義や目的も様々ですから,「ICT活用と学力」がモヤッとするのは当然というわけです。
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学校にICTを導入する費用対効果を示すために,どうしても学力が向上するといった確証が欲しい。とはいえ,ペーパーテストの点数のような学力が絶対的に上がりますという自信に満ちた根拠を示すのはなかなか難しい。
さらに保護者や地域の皆さんも「道具の問題じゃなくて,先生の指導方法の影響が大きいんじゃないの?」ぐらいの突っ込みは当たり前にされますから,これに「その通りです」と言おうが「そうでもないです」と言おうが,ICT導入への理解と納得を得るのは至難の業といえます。
この状況を打開する術はないものか…。
たぶん,私たちはそうした堂々巡りの末にまたもや「ICTを活用して学力向上した研究成果って,何かありますかね」という冒頭の問いに帰ってくるのだろうと思います。またしても堂々巡りを始めるため…。
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しかし,私はもう一つ別のモヤッと感を「ICT活用と学力」の話題に抱き続けていたのでした。
それが何なのかをずっと考え続けていたのですが,冒頭に出てきた小学校の先生との意見交換の中で,ようやくそのモヤッと感を掴まえる補助線を得たのです。
私たちは日本の学校の現状を正しく「前提」していないということ。
その前提に基づいて,これまでの知見を受け止める準備が出来ていなかったことが別のモヤッと感であることに気がつきました。
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この日本では,子ども達の貧困という問題が見かけによらず大きく横たわり,家庭の問題も割合としては限られているとしても深刻化しています。まして,将来世代の負担増あるいは財政的虐待など,先進国「日本」に相応しい現状といえるのか,理想と現実という悩ましい問題が山積しています。
そのような社会状況の中にある学校が,問題と無縁でいるはずもありません。
すでに「子ども達の変化」として周知の現実が訪れています。
たとえば,皆さんもニュースで報じられてご存知かと思います。発達障害の可能性がある児童生徒が普通の学級に6.5%の割合でいるという調査結果のことです。 元の調査は平成24年12月5日に公表された「通常の学級に在籍する発達障害の可能性のある特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査結果について」です。
ニュースで取り上げられた部分は,あくまでも教師が支援を必要とすると考えたものですが,「学習面又は行動面で著しい困難を示す」児童生徒の割合が6.5%となっています。
(この6.5%は,「学習面で著しい困難を示す」児童生徒の4.5%,「行動面で著しい困難を示す」児童生徒の3.6%の総和から重複している「学習面と行動面ともに著しい困難を示す」児童生徒の1.6%を引いたものとのこと。駄文公開当初,単純合計してましたが,重複あるとのご指摘いただきました。感謝。)
さらに教師がどれくらい配慮・指導を行なっているかについてもいくつか設問が掲げられており,様々な取組みが行なわれていることが分かります。
このニュースは分かりやすい事例の一つですが,学校を卒業した大人の私たちが想像する以上に学校の現実は変わっていますし,教育の取組みの多様さと苦労が増していることをハッキリと認識する必要があるように思うのです。
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極めて多様なニーズに応える教育。
それは「特別支援教育」となった領域が取り組んできたものです。かつて特殊教育と呼ばれたこの領域は,現在大きく様変わりをしています。また,ICT活用に関しては支援機器の有用性について数多く語られてきました。
ところが私たちは,昔のイメージを脱し切れずに,特別支援教育とそのICT活用について「別枠」扱いしてきたように思います。
私は,いまこそ特別支援教育が展開しているICT活用の蓄積を学び,多様なニーズに向けた学習支援の手段として明確に位置づけることが必要なのではないかと気がつきました。さらにそれとは別に,高次な学習活動を支援するICT活用とあえて区別していくことが重要なのではないかと思えたのです。
こうすることで,私がずっと抱いていたモヤッと感を追い払えそうな気がします。
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小学校の先生との意見交換の中で,私たちはICT活用の影響(効果の効き方)について,上記のような認識をもとにした仮説をもって,これまでの諸説について思考を巡らしてみたのですが,かなり筋が通る感触を得て思わず膝を打ちたくなりました。
そのようなことは雑談レベルでならこれまでも多くの先生方や研究者が指摘していたことではあったと思います。ならば,それをハッキリと明示していくことが今後は重要になってくるのではないかと思うのです。
ただし,そうした調査や研究が大変デリケートな内容のため,倫理的な配慮を優先すると表に出し難いという問題があります。
今後は,その点についても特別支援教育の世界にもっと学ぶ必要があるでしょう。
学術研究や文部科学省における取組みにおいても,特別支援の部分は専門性の高い独立した領域だと捉えられがちで,連携することがなかなか難しかったのですが,今後はもっと交流を増やすべきです。
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以上のようなことを,私自身ももう少し整理して説明できるようにしたいと思いますが,願わくは他の皆さんにも,その妥当性など検討してもらい,モヤッと感を減らしたICT活用教育の新しいイメージを全体で紡ぎ出せたらと考えています。