「「大学生の教員離れ」は本当に生じているのか」という不思議な文書について

2019年11月に「「大学生の教員離れ」は本当に生じているのか」という不思議な文書が出回りました。

文書作成者名義は「熊本大学教育学部長」。確かに熊本大学教育学部の学部サイトでトピックスの一つとして公開されています。

曰く,「最近の新聞報道やネット記事の中には、「大学生の教員離れ」が進んでいることは明白な事実であるかのように論じているものが数多く見受けられる。(中略)そこで、全国的に見れば「大学生の教員離れ」は生じているのか、生じているとすればいつ頃からなのかをデータに基づき確かめてみることにした」と。

文書では教員採用受検者数や新規学卒者の受験率/採用率などのデータを参照し,当該世代における人口に占める割合に置き換えながら,受験率は上昇横ばいの後やや下降,採用率はこの10年間で上昇の一途と報告しています。

よって「少なくとも全国的には、この間ずっと「大学生の教員離れ」が進んでいるとは言えない」と分析。ただし,同世代内の受験率下降が始まる2017年度以降について,「少しづつではあるが「大学生の教員離れ」が生じ始めた可能性はないとは言えない」とも補足しています。

この文書では,分析のきっかけを「最近の新聞報道やネット記事」と書いているだけなので,具体的にどんな記事のどういう解釈に対して物申したいのか不明です。

「大学生の教員離れ」で検索すると…

優秀な若者を教職に引き寄せてきた日本で、とうとう始まった「教員離れ」​(Newsweek)
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/02/post-11650.php​

教員の働き方がブラックすぎて、教育学部の倍率がヤバイことに。(togetter)
https://togetter.com/li/1309183

「小学教員の競争率、7年連続減の3・2倍 懸念される質の低下」(産経新聞)
https://www.sankei.com/life/news/190522/lif1905220028-n1.html

教師への夢をあきらめた学生たち 現役教育大生のリアル 競争倍率低下時代における教育の危機(Yahoo!ニュース個人)
https://news.yahoo.co.jp/byline/ryouchida/20190104-00110038/

などが私の場合は検索結果に出てきます。(人によって違うかも知れませんね)

ほとんどが,教員採用試験の倍率や競争率の低下,受検者数の減少に関して触れたもので,その中で「大学生の教員離れ」が触れられているといったもの。

昨今の教員にまつわる報道,あるいは教育実習などで直接目にした諸先輩方の仕事ぶりなどを踏まえて「教員という仕事は大変」「教員になる自信がない」等といった意識をもつ大学生達の「教員へのマインド離れ」ということが起こっているのではないかという指摘です。

つまり,「教員へのマインド離れ」を許し続けると,優秀な人材が教職に流入しなくなることを懸念しているわけです。

ところが,今回の文書が想定している「大学生の教員離れ」のお話は,どうも違う文脈で言われているものを対象としているようです。

ちょっと長く引用してしまいますが,この文書が言いたい部分を抜き出します。

「以上の検討結果を踏まえて、教員養成の担当者としての思いを述べたい。
ここ熊本でも、教員不足は確かに深刻である。しかし、このことを「大学生の教員離れ」にすぐ関係づけるのはいかがなものだろうか。
実際には、教員不足の最大の原因は、定年を迎えた教員の大量退職にある。また、子育てや介護と両立させにくい学校の労働条件が、リカレント的な教員就職や職場復帰を妨げ、事態を一層悪化させている可能性もある。
ところが、そのような教員需給の客観的条件を詳しく分析する代わりに、「近頃の大学生は苦労してまで教職になんてつきたがらないのだろう」といった思い込みで論を進める傾向が一部マスコミに見られるのは、教員養成の担当者として悲しい限りである。」

というわけで,どうも「教員不足」について「大学生の教員離れ」に触れた新聞報道やネット記事があり,それを想定して書かれたようなのです。

ただ,私が「教員不足」「大学生の教員離れ」で検索しても,それっぽい報道や記事が見当たりません。

というわけで,私にとって今回の文書は大変不思議な文書に読めるというわけです。

あまり意地悪なことを書きたくはありませんが,たぶん,ふわっと抱かれた危機感から真摯に書かれたのだろうと思います。そして,この文書の肝はデータにもとづいた分析の部分ではなくて,実は最後の一文を発信したかったということなのだろうと思います。

曰く,「私たち教員養成の担当者は、教育現場と手を携えつつ、そのような思い込みを吹き飛ばすような大学生たちの頑張りを支えていきたいと思う」と。

その心意気は,私も同調します。