台湾人の話し言葉その5 |
ブオ・カンクゥエ (没空缺) | 日本から引き上げた友人の朗報が届いた。しばらく職につくことができなかった彼氏のために私も喜んだ。仕事捜しに困っていた彼の事を事前に知っていたからである。日本の国立大学を出た友人はエンジニアの資格を有するが、あいにく専門とする領域の求人がなかった。自分にあった仕事がなかなか見つからない。連絡のあるたびにブオ・カンクゥエを連発する状態がつづいたが、これで彼も落ち着くことができると思うとこちらまで気が楽になった。 |
ツゥエ・タウロー (尋頭路) | 就職のために奔走する若者は元気があってほほえましい。日本では特に中高年の職探しがクローズアップされているが、台湾の場合、平均失業率が3%以下を維持していることもあり、ややいい調子になっている。しかし、いつの時代でも快適な職場を見つけるのは容易ではないし、増してや自分の才能を発揮できて理想な待遇で処してくれる職場に恵まれる機会はそうそうあるものではない。この理由からでも職探しは多くの人にとって人生の重要な課題となっている。学卒者が職につくために奔走する。転職者がいい職を求めて走り回る。つまりツゥエ・タウローは日常行事として台湾人の生活に不可欠であり、生活現場の色々な場面においてよく使われる言葉である。 |
ウ・プゥンテエン (有本頂) | 職探しには能力の有無が問われることは言うまでもない。台湾人は教育熱心で通っている。何らかの理由で教育を受ける機会を失った親でも何とか子供にだけは教育を受けさせることに吝かではない。ウ・プゥンテエンまたはウ・ツアイティアウ(有才調)が仕事をする上で不可欠であることを経験によって心得ているからでもある。能無し、つまりブオ・プゥンテエンまたはブオ・ツアイティアウ・エ・ランが重要なポストを我が物顔で居座ることは軽蔑の対象にもなるのだ。 |
ブオ・ローヨン (没路用) | 適材適所に才能を活かすことが望ましいが、現実では有能な人が例外なく適材適所において能力を発揮することが保証されるとは限らない。植民地時代および国民党政権時代の台湾では台湾は台湾人のものとは必ずしもいえなかったことで、台湾人の社会進出は抑圧されてきた。ブオ・ローヨンということばを聞く場合、このような背景を体験的に知っているものとそうでないものとではその意味するニュアンスが異なる。あきらめきった態度でブオ・ローヨンということばを口に出す時代は直接選挙による総統の登場で過去のものになるのであろうか。 |
ティオクオ・カティ (着靠加箸) | 近代教育は科学技術と社会国家の理念や個人の崇高な理想を普及させてきた。しかし、自分自身の幸福の達成さえ制限されるような社会構造のもとではどんな夢でもいずれはじける時がくる。最近の民主化運動はその現れの一つとも考えられる。一生懸命勉強し、一生懸命働く、しかし、一生懸命努力しても一生うだつが上がらない。こんなはずではなかったと思うことさえ許されない。最初からそうであるからだ。「出頭天」と聞いたとき台湾人が思うことを世の人々がもっと理解してくれるようになれば、台湾人が自分しか頼れるものはない(ティオクオ・カティ)という意味のことばを口癖のように言う気持がわかるであろう。 |